はじめに
「認知症になった後、自宅や預貯金の管理はどうなるのか」「信頼できる家族に、必要な手続きを任せられるようにしておきたい」と考える方は少なくありません。こうした将来の判断能力の低下に備える方法の一つが、任意後見契約です。
任意後見契約は、本人が十分な判断能力を有するうちに、将来の生活支援や財産管理を任せる相手と内容を自分で決めておく制度です。そして、この契約は必ず公証人が作成する公正証書によって締結しなければなりません。私的に作成した契約書や、当事者間で署名押印しただけの書面では、任意後見契約としての効力は生じません。
任意後見契約と公正証書の関係
任意後見契約とは、将来、認知症その他の事情により本人の判断能力が不十分になった場合に備え、あらかじめ選んだ任意後見受任者に対し、生活、療養看護、財産管理に関する事務の全部または一部を委任し、代理権を与える契約です。
この契約を作成する際に必要となるのが、公正証書です。公正証書とは、公証人が法律に基づいて作成する公文書であり、本人の意思や契約内容を明確に記録します。任意後見契約では、本人が誰に何を任せるのかを明確にする必要があるため、公正証書による作成が法律上の要件とされています。
公正証書にすることには、次のような意味があります。
- 本人の意思に基づく契約であることを確認しやすい
- 任意後見人となる人と代理権の範囲を明確にできる
- 契約内容が後見登記等ファイルに登記される
- 将来、家庭裁判所で任意後見監督人の選任を申し立てる際の重要書類となる
登記では、公正証書を作成した公証人、本人と任意後見受任者の情報、任意後見人に与える代理権の範囲などが記録されます。
任意後見契約で任せられること
任意後見契約では、本人の希望や生活状況に応じて、任意後見人に任せる事務を具体的に決めます。一般的には、次のような内容が検討されます。
- 預貯金の管理、年金の受領、公共料金や施設費用の支払い
- 不動産の管理、賃貸借契約に関する手続き
- 介護サービスや福祉サービスの利用契約
- 医療・入院・施設入所に関する契約手続き
- 行政機関、金融機関、保険会社などとの手続き
- 日常生活に必要な費用の支払いや契約の管理
重要なのは、「財産を自由に使ってよい」という包括的な権限を与えるものではない点です。契約書では、本人の生活や財産を守るために必要な事務を、できるだけ具体的に定めます。たとえば、自宅での生活を続けたいのか、将来的な施設入所も視野に入れるのか、不動産を維持するのか売却の可能性も検討するのかによって、必要な代理権は異なります。
いつから任意後見が始まるのか
任意後見契約は、公正証書を作成した直後から、直ちに任意後見人が財産管理を始める制度ではありません。本人の判断能力が低下し、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点で、初めて任意後見契約の効力が生じます。
任意後見監督人は、任意後見人が契約内容に従い、適正に事務を行っているかを監督する人です。任意後見人から財産目録や事務報告を受けるなどして本人の利益を守り、家庭裁判所にも報告します。任意後見監督人には、親族ではなく、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職や法人が選任されることが多いとされています。
申立ては、本人、配偶者、四親等内の親族、または任意後見受任者などが行うことができます。本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、任意後見監督人選任の申立てを行うのが基本です。
法定後見との違い
成年後見制度には、大きく分けて任意後見と法定後見があります。両者の主な違いは、本人が自分で後見人や支援内容を選べるかどうかです。
| 項目 | 任意後見 | 法定後見 |
|---|---|---|
| 利用を決める時期 | 判断能力が十分なうち | 判断能力が低下した後 |
| 後見人を選ぶ人 | 本人があらかじめ選ぶ | 家庭裁判所が選任する |
| 支援内容 | 契約で必要な範囲を設計できる | 法律と家庭裁判所の審判に基づく |
| 開始時期 | 任意後見監督人の選任時 | 後見開始等の審判時 |
| 契約の形式 | 公正証書が必須 | 公正証書は不要 |
たとえば、73歳のAさんが、将来は長女に預貯金の管理や介護サービス契約を任せたいと考えた場合、判断能力が十分なうちに任意後見契約を公正証書で作成しておくことが考えられます。その後、Aさんの判断能力が低下した段階で家庭裁判所に申立てを行い、任意後見監督人が選任されると、長女は契約で定めた範囲内で任意後見人として支援を開始します。
任意後見契約を検討するときの注意点
任意後見契約は有効な備えですが、契約書を作ればすべての問題に対応できるわけではありません。特に注意したい点は次のとおりです。
- 任意後見は、本人の死亡によって終了します。死亡後の葬儀、遺品整理、相続手続きなどは、任意後見契約だけでは対応できません。
- 医療行為への同意は、一般に任意後見人の代理権として一律に認められるものではありません。医療や介護に関する希望は、別途、家族や関係者に伝えておくことが重要です。
- 判断能力が低下する前の見守りや日常的な支援が必要な場合には、任意後見契約に加えて、見守り契約や財産管理等委任契約を組み合わせる方法もあります。
- 不動産、預貯金、保険、年金、家族関係、相続対策の状況により、必要な代理権や契約内容は変わります。定型的な内容ではなく、本人の希望に合わせた設計が大切です。
また、任意後見監督人が選任される前は、公証人の認証を受けた書面によって契約を解除できます。一方、任意後見監督人が選任された後に解除するには、家庭裁判所の許可が必要です。契約の重要性を理解したうえで、任意後見人となる人と十分に話し合っておく必要があります。
まとめ
任意後見契約の公正証書は、認知症などで判断能力が低下した将来に備え、財産管理や生活支援を誰に、どこまで任せるかを自分で決めておくための重要な仕組みです。任意後見契約は、公正証書で作成し、家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて効力が生じます。
将来の不安に備えるには、元気なうちから、ご自身の財産状況、住まい、介護への希望、家族との関係を整理しておくことが大切です。任意後見契約を中心に、見守り契約、財産管理等委任契約、遺言書などをどのように組み合わせるかを検討すると、より実情に合った生前対策につながります。


