はじめに
近年、「終活」や「老後の備え」に関心が高まる中で、「死後事務委任契約」と「家族信託」という言葉を耳にする機会が増えています。しかし、これらは目的や内容が大きく異なる制度です。「自分が亡くなった後のことを任せたい」「認知症など判断能力が低下した時に備えたい」といったご相談を受けることも多く、正しい知識を持つことが大切です。本記事では、行政書士の視点から、死後事務委任契約と家族信託の違いをわかりやすく解説します。
死後事務委任契約とは
死後事務委任契約は、本人が亡くなった後に発生する事務手続きを、あらかじめ信頼できる人(受任者)に任せる契約です。例えば、葬儀や納骨、役所への届出、医療費や介護費用の清算、施設の退去手続き、公共料金や各種契約の解約、ペットの引き渡しなどが含まれます。
この契約は生前に締結し、通常は公正証書で作成することで法的な効力が高まります。遺言書と異なり、財産の分配や相続に関する内容は含まれません。死後事務委任契約は、遺族や関係者の負担軽減や、ご本人の希望に沿った死後の事務処理を実現するための制度です。
死後事務委任契約でできる主なこと
- 葬儀や納骨の手配
- 病院や介護施設への支払い
- 行政手続き(死亡届の提出、年金の手続きなど)
- 公共料金や携帯電話、SNSなどの解約
- 賃貸物件の解約や明渡し
- ペットの引き渡しや施設入所手続き
- 親族や知人への連絡
注意点
- 財産の分配や相続手続きは対象外
- 委任内容は契約書で明確に定める必要がある
- 受任者には信頼できる人や専門家を選ぶことが重要
- 公正証書で作成することでトラブル防止につながる
家族信託とは
家族信託は、本人(委託者)が自分の財産を信頼できる家族(受託者)に託し、管理や処分を任せる制度です。主に、認知症などで判断能力が低下した場合でも、財産を柔軟に管理・運用できるようにするために利用されます。信託財産には、不動産や預貯金などが含まれます。
家族信託の特徴は、本人が元気なうちから契約を結び、判断能力が低下しても受託者が継続して財産管理を行える点です。これにより、成年後見制度では難しい積極的な資産運用や、二次相続以降の資産承継指定なども可能となります。
家族信託でできる主なこと
- 認知症対策としての財産管理(判断能力低下後も継続)
- 不動産の売却や運用
- 介護費用の捻出
- 相続発生後の資産承継の指定(2次相続以降も可能)
- 共有不動産の管理・処分権限の集約
注意点
- 信託契約の内容や目的を明確にする必要がある
- 受託者には信頼できる家族を選ぶことが重要
- 税務面での特別な優遇はない
- 財産の名義が受託者に移るため、信託終了後の手続きも考慮が必要
死後事務委任契約と家族信託の違い
両者の違いを表で整理します。
項目 | 死後事務委任契約 | 家族信託 |
---|---|---|
主な目的 | 死後の事務手続きの委任 | 財産管理・運用・承継のための信託 |
委任・信託の範囲 | 葬儀、納骨、解約、支払い等(財産分配は不可) | 財産(不動産・預貯金等)の管理・処分・承継 |
効力が発生する時期 | 本人の死亡後 | 契約締結時から(本人が元気なうちから) |
受任者・受託者 | 親族・友人・専門家など | 家族(親族)など信頼できる人 |
判断能力低下後 | 契約締結後は効力なし(本人死亡後のみ有効) | 判断能力低下後も継続して効力あり |
公正証書作成 | 推奨(法的効力を高めるため) | 必須ではないが推奨(専門家関与が望ましい) |
相続・財産承継 | 不可(遺言や信託で対応) | 可能(2次相続以降の指定も可) |
主な法的根拠 | 民法(委任契約) | 信託法 |
公的機関情報 | 国土交通省、法務省、国民生活センター等 | 家族信託普及協会等 |
具体的な利用イメージ
死後事務委任契約の例
単身高齢者のAさんは、自分の死後、親族が遠方に住んでいるため、葬儀や施設の退去手続き、公共料金の解約などを信頼できる知人に任せるため、死後事務委任契約を公正証書で作成しました。これにより、Aさんの希望通りの葬儀や納骨が実現し、遺族の負担も軽減されました。
家族信託の例
Bさんは、認知症対策として、自分の不動産と預貯金を息子に信託し、将来判断能力が低下しても息子が財産管理や売却を行えるように家族信託契約を締結しました。これにより、介護施設入居費用の捻出や、将来の資産承継もスムーズに行える体制を整えました。
まとめ
死後事務委任契約と家族信託は、いずれも「老後の安心」や「自分らしい最期」を実現するための有効な手段ですが、その目的や内容、効力の発生時期などが大きく異なります。死後事務委任契約は「死後の事務手続き」を任せる制度、家族信託は「財産管理・承継」を家族に託す制度です。ご自身の希望や状況に合わせて、どちらを選ぶべきか、あるいは両方を活用するのか、専門家に相談しながら検討することをおすすめします。