はじめに
親名義の賃貸アパートをそのままにしておくと、認知症や死亡をきっかけに「管理ができない」「売却・建替え・借換えができない」といった問題が一気に表面化します。
こうしたリスクを避けつつ、家族でアパート経営を円滑に続けていく方法として「家族信託(民事信託)」が注目されており、とくに信託口口座を使ったお金の管理が実務上の重要ポイントになります。
家族信託でアパートを預ける仕組み
家族信託では、オーナーである親が「委託者」となり、子どもなど信頼できる家族が「受託者」としてアパートの管理・運用を担い、その収益を受け取る人(通常は親)が「受益者」となります。
信託契約によりアパートの名義は受託者に移りますが、家賃収入などの利益はあくまで受益者のものとされ、管理と利益を切り分ける点が特徴です。
アパート経営で家族信託を使う主なメリット
アパートを家族信託にすると、委託者が認知症になっても受託者が賃貸借契約の締結・更新、修繕工事の発注、建替えや売却などの判断・実行を続けることができます。
また、将来の相続を見据えて、信託契約の中で「信託終了時に誰にアパートを帰属させるか」をあらかじめ決めておくことで、遺産分割協議の負担を軽減できる点も大きな利点です。
信託財産としての収益不動産の位置づけ
信託財産には、不動産・金銭・有価証券など、財産権に属する幅広い資産を含めることができ、賃貸アパートや駐車場などの収益物件も典型的な対象です。
受託者は信託目的に従い、信託財産であるアパートを管理・運用し、その結果生じる賃料収入は受益者の所得として課税関係が整理されることになりますので、税務の取り扱いも含めた設計が重要です。
家族信託でアパート管理を続ける実務ポイント
実務では、信託契約書で「賃貸借契約締結・更新」「修繕・建替え」「売却・借換え」「借入と担保設定」など、アパート経営に必要な権限を受託者に与える条項を明確にしておく必要があります。
さらに、委託者や受益者の意向を反映するため、重要な売却や大規模修繕には受益者の同意を要するなど、家族間の合意形成ルールを細かく決めておくとトラブル予防に役立ちます。
信託口口座とは何か
信託財産に属する金銭を、受託者の固有財産と区別して管理するために用いられるのが「信託口口座」です。
信託法上も、受託者には信託財産と自己の財産を分別管理する義務があり、実務では家賃入金や修繕費・ローン返済など、信託に関する出入りは信託口口座を通す運用が推奨されています。
信託口口座を使う理由とメリット
信託口口座を利用すると、受託者個人の預金と信託財産を明確に切り分けることができ、倒産隔離機能(受託者の破産等の影響を受けにくくする機能)の確保に役立ちます。
また、金融機関のシステム上も通常の個人口座とは別管理とされることで、受託者の死亡や差押えによりアパートの運営資金が凍結されるリスクを抑える効果が期待できます。
信託口口座と「信託専用口座」の違い
実務上は、受託者個人名義の口座を信託用に使い分けるだけの「信託専用口座」と、口座名義や内部管理上も明確に区別された「狭義の信託口口座」が区別されています。
倒産隔離や第三者対抗力をより確実にするには、「〇〇信託受託者△△」といった名義で管理される狭義の信託口口座を利用することが望ましいとされています。
信託口口座開設の基本的な流れ
信託口口座を開設する際は、信託契約書・本人確認書類・印鑑などに加え、金融機関所定の申込書や確認書類の提出が求められます。
金融機関によっては、信託スキームの内容や借入予定の有無などについて事前相談を行う運用もあり、信託契約書の作成段階から取引予定の銀行に確認しておくことが実務上のポイントです。
事例イメージ:父名義アパートを家族信託したケース
例えば、70代の父が所有する20戸の賃貸アパートについて、長男を受託者、父を委託者兼受益者とする家族信託を設定し、そのアパートと家賃収入を信託財産としたケースを想定します(特定の事務所の実例ではなく、一般的なイメージ事例です)。
信託設定後は、賃貸借契約の締結主体や家賃の入金口座を信託スキームに合わせて整理し、家賃は信託口口座に入金、そこからローン返済や修繕費、固定資産税の支払いを行い、残額を父への分配として管理します。
税金や登記面の留意点
家族信託の設定時・運用中・終了時には、贈与税・所得税・相続税・不動産取得税・登録免許税などの論点が生じ得るため、税理士等と連携して設計することが重要です。
とくに、信託終了時に不動産の所有権を取得する人に不動産取得税が課される場合があることや、信託登記に伴う登録免許税の取扱いについては、最新の通達や地方税法等の内容を確認しながら検討する必要があります。
家族信託を検討するときの実務的なステップ
アパートオーナーが家族信託を検討する場合、まずは家族構成や将来の承継方針を整理し、「誰に管理を任せたいか」「誰に最終的に引き継ぎたいか」を明確にすることが出発点になります。
そのうえで、専門家や金融機関とも相談しながら、信託契約の内容・信託登記・信託口口座・融資スキーム・税務を総合的に設計することで、無理や無駄のない家族信託スキームを構築しやすくなります。
まとめ
家族信託を活用すれば、親が認知症になった後もアパート経営を継続しやすくなり、建替えや売却、借換えなどの重要な判断を家族が柔軟に行える体制を整えることができます。
その一方で、信託口口座による資金管理や税務・登記・金融機関との調整など、専門的な実務も少なくありませんので、制度の趣旨と実務の流れを理解したうえで、早めに専門家へ相談することが安心につながります。


