はじめに
公正証書遺言を作成した後でも、不動産の売却、預貯金の増減、相続人の結婚・離婚・死亡、子や孫の誕生など、財産や家族関係は変化していきます。遺言は一度作成すれば終わりではなく、現在の状況やご自身の意思に合っているかを定期的に確認することが大切です。
民法上、遺言者は生前であれば、いつでも遺言の全部または一部を撤回できます。ただし、公正証書遺言には原本が公証役場に保管されるという特徴があるため、手元の正本や謄本を破棄しただけでは、遺言を撤回したことにはなりません。
遺言を見直すべき主なタイミング
次のような事情が生じた場合は、公正証書遺言の内容を確認しましょう。
- 自宅や土地を売却・買換え・共有化した
- 預貯金、株式、生命保険などの財産構成が大きく変わった
- 相続人、受遺者、遺言執行者が亡くなった
- 結婚、離婚、再婚、養子縁組、子や孫の誕生があった
- 相続させたい人との関係や、財産を渡す考え方が変わった
- 特定の不動産や口座を記載しているが、その財産がなくなった
- 遺言執行者の住所や連絡先が変わり、就任が難しくなった
例えば、「長男に自宅土地建物を相続させる」と記載していたものの、その後に自宅を売却し、マンションへ住み替えた場合を考えてみましょう。旧自宅についての遺言内容は、実際の相続時には実現できません。残った売却代金や新居について、誰にどのように承継させるかを改めて定めておくことが重要です。
公正証書遺言を変更・撤回する方法
公正証書遺言の見直しには、大きく分けて「全部を撤回して作り直す方法」と「必要な部分だけを変更する方法」があります。
全部を撤回して新たに作成する方法
内容を大きく見直す場合は、新しい遺言で、以前の遺言を全部撤回する旨を明記した上で、新たな内容を定める方法が分かりやすく安全です。
たとえば、新しい遺言に「遺言者は、令和○年○月○日作成の公正証書遺言を全部撤回する」と記載し、その後に最新の財産・相続人関係に合わせた遺言内容を記載します。古い遺言との関係が明確になるため、相続開始後の解釈上の争いを避けやすくなります。
一部だけを変更する方法
不動産の承継先だけを変えたい、遺言執行者のみを変更したいといった場合には、以前の遺言のうち変更する部分を特定して、新たな遺言を作成することも可能です。
民法では、前の遺言と後の遺言の内容が抵触する場合、その抵触する部分については、後の遺言によって前の遺言が撤回されたものと扱われます。ただし、一部変更は旧遺言と新遺言をあわせて読む必要が生じるため、文言が曖昧だと相続人間で解釈が分かれるおそれがあります。変更箇所が複数に及ぶ場合や、前の遺言との関係を明確にしたい場合には、全部撤回のうえで作り直すほうが適していることがあります。
公正証書遺言を自筆証書遺言で変更できるか
公正証書遺言を変更・撤回するために、必ずしも再び公正証書遺言を作成しなければならないわけではありません。法律上は、遺言の方式に従って作成された後の自筆証書遺言によって、前の公正証書遺言と抵触する部分を変更することも可能です。
もっとも、自筆証書遺言には、全文・日付・氏名の自書や押印など、方式面の注意点があります。不備があると遺言の有効性が問題となり得ます。また、公正証書遺言と自筆証書遺言が複数存在すると、相続開始後に内容の確認や調整が必要となる場合があります。
公正証書遺言をすでに作成している方が重要な内容を変更する場合は、原則として公正証書で作り直す方法が、内容の明確性や紛失防止の点で安心です。公正証書遺言の作成には証人2人が必要で、本人確認資料、戸籍関係書類、不動産資料、預貯金資料などを準備します。
手元の正本・謄本を破棄しても撤回にはなりません
公正証書遺言では、原本が公証役場に保管されています。そのため、遺言者が保管している正本や謄本を破いたり捨てたりしても、公証役場にある原本は残ります。手元の書類の処分だけで、公正証書遺言全体を無効にすることはできません。
また、法務局の自筆証書遺言書保管制度は、自筆証書遺言を対象とする制度です。公正証書遺言を法務局へ預け直す制度ではありません。「古い遺言書が手元にないから問題ない」と判断せず、撤回または変更の内容を、適法な方式の新しい遺言として残すことが必要です。
見直し時に確認したいポイント
遺言を見直す際は、財産の増減だけでなく、次の点も確認しましょう。
- 不動産の所在地、地番、家屋番号、共有持分に変動がないか
- 預貯金や証券口座を特定できる内容になっているか
- 相続人となる家族の状況に変化がないか
- 相続人以外に遺贈する相手の氏名・住所に誤りがないか
- 遺言執行者が就任可能な状況か
- 遺留分への配慮が必要な家族関係となっていないか
- 付言事項が現在の気持ちや家族へのメッセージと合っているか
特に、相続人以外の方へ財産を遺贈する場合や、前婚の子と後婚の配偶者がいる場合、特定の子に多くの財産を承継させたい場合には、遺留分も踏まえた設計が欠かせません。遺言だけでは解決しにくい場合には、生命保険、贈与、家族信託、任意後見なども含めて検討するとよいでしょう。
まとめ
公正証書遺言は、一度作成した後でも、財産や家族関係の変化に応じて変更・撤回できます。もっとも、手元の正本や謄本を破棄しても、公証役場に保管された原本はなくなりません。
変更する場合は、新しい遺言で前の遺言を全部撤回して作り直す方法、または変更部分を明確にした新しい遺言を作成する方法があります。複数の遺言書が残るほど、相続開始後の確認作業や解釈の負担は大きくなります。大切な財産承継の意思を確実に実現するためにも、生活環境に大きな変化があったときは、公正証書遺言を見直すことをおすすめします。


