はじめに
離婚時に養育費について公正証書を作成していても、残念ながら支払いが滞ることがあります。もっとも、公正証書に一定の記載があれば、あらためて調停や訴訟を起こさなくても、相手方の給与や預貯金を差し押さえる強制執行を検討できます。
ただし、公正証書があれば必ず直ちに差押えができるわけではありません。公正証書の内容、未払額、相手方の住所・勤務先・預金口座などを整理し、必要書類をそろえたうえで、管轄の地方裁判所へ申立てを行う必要があります。ここでは、養育費の未払いが生じた場合の基本的な対応と、差押えまでの流れを解説します。
まず確認したい公正証書の内容
養育費について作成した公正証書を利用して強制執行を行うためには、原則として「支払いを怠ったときは、直ちに強制執行を受けても異議がない」といった趣旨の強制執行認諾文言が記載されていることが重要です。
この記載がある公正証書は、強制執行の根拠となる「債務名義」として扱われます。つまり、未払いが発生した場合に、家庭裁判所であらためて養育費額を決める調停や審判を経ず、地方裁判所に債権差押命令を申し立てることができます。
一方、養育費の金額や支払日を定めていても、強制執行認諾文言がない公正証書では、その公正証書だけを根拠に差押えを行うことはできません。その場合は、養育費請求調停など、別途の法的手続を検討する必要があります。
また、差押えの申立てには通常、公正証書の「正本」が必要です。写しや謄本だけでは足りないため、保管状況を確認しましょう。公正証書に基づく強制執行では、原則として執行文も必要になります。
養育費が支払われないときの対応
未払いが判明したら、感情的なやり取りを避け、まずは未払いの内容を正確に整理することが大切です。
確認する主な項目は、毎月の養育費額、支払期限、未払いとなった月、実際の入金額、未払残額です。振込記録、通帳の写し、メッセージのやり取りなども保管しておくと、後の請求内容を明確にしやすくなります。
初期対応としては、電話やメール、書面などで支払いを求める方法があります。支払期限と未払額を明示し、「いつまでに、どの口座へ支払うか」を確認する形にすると、話合いの記録も残しやすくなります。
それでも支払われない場合は、内容証明郵便による催告や、強制執行を見据えた準備へ進みます。ただし、相手方が勤務先を変えたり、預金を引き出したりする可能性もあるため、長期間放置せず、状況に応じて早めに専門家へ相談することが重要です。
差押えの対象となる財産
養育費の未払いについては、主に次のような債権を差し押さえる方法が検討されます。
- 勤務先から支払われる給与、賞与、退職金
- 銀行や信用金庫などの預貯金
- 取引先から支払われる報酬、売掛金
- 家賃収入などの継続的な収入
特に、相手方に勤務先がある場合は、給与差押えが検討されることが多いでしょう。養育費は扶養義務に関する債権であるため、通常の借金の差押えとは異なる特則があります。未払いが生じている場合には、将来支払期限が到来する養育費についても、一定の範囲で継続的に支払われる給与等を差し押さえることが可能です。
預貯金の差押えも可能ですが、口座のある金融機関や支店を特定する必要があります。また、口座残高は日々変動するため、申立て時点で残高がなければ回収できないこともあります。
差押えまでの基本的な流れ
養育費の公正証書に基づき、給与や預貯金を差し押さえる一般的な流れは、次のとおりです。
- 未払い額を確定する
未払いとなった月ごとの養育費を確認し、既払額があれば差し引いて、請求する金額を整理します。 - 公正証書正本と執行文を準備する
公証役場で作成した公正証書の正本を確認します。必要に応じて、公証役場で執行文の付与や送達に関する手続を確認します。 - 差押える相手先を特定する
給与を差し押さえる場合は勤務先、預貯金を差し押さえる場合は金融機関名・支店名を特定します。これらは「第三債務者」と呼ばれます。 - 地方裁判所へ債権差押命令を申し立てる
原則として、相手方である債務者の住所地を管轄する地方裁判所に申立てを行います。申立書のほか、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録、公正証書正本、執行文、送達証明書などを提出します。 - 裁判所から差押命令が送達される
裁判所が差押命令を出すと、まず勤務先や金融機関などの第三債務者へ送達されます。その後、債務者本人にも送達されます。勤務先に給与差押えが通知されるため、相手方の勤務先に未払いの事実が知られる点は理解しておく必要があります。 - 第三債務者から取り立てる
差押命令の送達後、法定の期間を経て、勤務先や金融機関から未払い養育費を回収します。給与差押えでは、毎月の給与から一定額が継続して回収される形になることがあります。
相手方の財産が分からない場合
差押えをしたくても、相手方の勤務先や預金口座が分からないことがあります。このような場合でも、養育費については、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を利用できる可能性があります。
財産開示手続では、一定の要件のもとで債務者本人に裁判所へ出頭させ、財産状況を陳述させることができます。また、養育費等の請求では、勤務先情報や預貯金情報などについて、第三者から情報を取得する制度が用意されています。
もっとも、利用できる手続や必要書類、申立先は、債務名義の種類や把握している情報によって異なります。相手方の住所すら不明な場合、送達の問題も生じるため、早い段階で手続を整理することが大切です。
まとめ
養育費の公正証書に強制執行認諾文言があり、公正証書正本・執行文などの要件を満たしていれば、養育費が未払いとなった場合に給与や預貯金の差押えを検討できます。
差押えに進む際は、未払い額を正確に計算し、相手方の住所、勤務先、口座などの情報を整理したうえで、原則として相手方の住所地を管轄する地方裁判所へ申し立てます。公正証書を作成しただけで安心せず、未払いが生じたときに備えて正本の保管状況や強制執行認諾文言の有無を確認しておくことが重要です。


