はじめに
結婚前に夫婦間の財産や生活費、離婚時の取決めなどを話し合う「婚前契約書」。再婚の場合、国際結婚の場合、または夫婦間に大きな収入・資産差がある場合には、将来の認識違いを防ぐ有効な手段になり得ます。
もっとも、婚前契約書を作成すれば、どのような約束でも必ず有効になるわけではありません。また、私文書で作るべきか、公正証書にするべきかは、取り決める内容や夫婦の状況に応じて判断する必要があります。特に、相続人となる前婚の子がいる再婚や、複数の国の法律・手続が関係する国際結婚では、結婚前の準備が大切です。
婚前契約書とは
婚前契約書とは、婚姻前に、夫婦となる予定の二人が、結婚生活に関する財産上・生活上のルールを文書化するものです。一般に、次のような事項が検討されます。
- 結婚前から各自が保有する預貯金、不動産、株式、事業用資産などの確認
- 婚姻後の生活費、住宅費、教育費などの負担割合
- 共働き・家事育児・介護に関する役割分担の基本方針
- 住宅を購入する場合の持分、住宅ローン、頭金の負担
- 離婚時に協議する事項や、財産に関する情報開示の方法
- 死亡した場合に備えた遺言書作成、生命保険、相続対策の方針
夫婦が婚姻中に協力して取得・維持した財産は、離婚時の財産分与で問題となり得ます。そのため、婚前から保有する財産と、婚姻後に形成した共有的な財産とを整理しておくことには実務的な意味があります。
公正証書で作成するメリット
婚前契約書は、当事者が署名する私文書でも作成できます。ただし、公正証書にすると、公証人が関与して文書を作成するため、後日の紛争予防という面で利点があります。
第一に、本人が内容を確認して作成したことや、作成時点での合意内容を明確にしやすくなります。夫婦間で後に「そのような説明は受けていない」「署名を求められただけだ」といった争いが生じるリスクを抑えるためには、契約締結までの経緯、説明内容、財産資料を整えておくことが重要です。
第二に、原本が公証役場に保管されるため、契約書の紛失や改変に関する疑義が生じにくくなります。高額な不動産、事業用資産、金融資産がある場合や、前婚の子との相続関係を見据える場合には、大きな安心材料になるでしょう。
第三に、金銭の支払義務を具体的に定め、一定の要件を満たす場合には、強制執行認諾文言を付けることも検討できます。もっとも、公正証書にしただけで直ちに強制執行が可能になるわけではありません。支払うべき金額や期限などが明確であり、義務者が強制執行に服する旨を陳述する条項が必要です。
再婚の場合の注意点
再婚では、前婚の子、既存の不動産、過去の住宅ローン、養育費、事業承継などが関わることがあります。特に注意したいのは、「現在の配偶者の生活保障」と「前婚の子への相続」の両立です。
たとえば、再婚前から所有している自宅について、再婚後に住宅ローンの返済や大規模修繕を夫婦で負担する場合、単純に「自分の特有財産だから相手には関係ない」と考えると、将来の清算で認識の相違が生じることがあります。頭金、ローン返済、リフォーム費用、固定資産税などを誰がどの程度負担するのか、資金の性質を記録しておくことが重要です。
また、婚前契約書だけで相続人や相続分を自由に決めることはできません。死亡後の財産承継を具体化するには、婚前契約書に加えて、公正証書遺言、生命保険の受取人指定、不動産の承継方法などを総合的に検討する必要があります。
国際結婚の場合の注意点
国際結婚では、日本の法律だけでなく、配偶者の本国法や居住国の制度が関係する可能性があります。日本で婚姻届を提出する場合、外国籍の方については、原則として婚姻要件具備証明書と日本語訳が必要です。国によってはこの証明書を発行しない場合もあり、その際には代替書類や本国法に関する資料が求められることがあります。
婚前契約書についても、どの国の法律を適用するのか、どの国の裁判所で紛争を扱うのか、外国語版を作成するかなどを検討すべきです。日本語と外国語の契約書を作る場合には、両文書の内容が一致しているか、どちらの文言を優先するかを明記しておくとよいでしょう。
また、海外に居住する可能性がある夫婦では、日本で作成した公正証書が海外でどのように扱われるかを、居住予定国の法制度も踏まえて確認する必要があります。婚前契約書は、在留資格の申請書類や身元保証のための書面とは目的が異なるため、混同しないことも大切です。
財産差がある夫婦の注意点
一方に不動産、預貯金、株式、会社経営、相続予定財産などがあり、もう一方との財産差が大きい場合には、契約内容の公平性が特に重要です。一方的に不利益な内容や、結婚を急がせる状況で署名させたと受け取られる内容は、将来の紛争につながりかねません。
例えば、会社経営者が結婚する場合、「会社株式は婚前からの財産であること」「会社債務の保証は配偶者に求めないこと」「生活費の負担方法」「自宅購入時の資金拠出と持分」を整理することが考えられます。ただし、将来の収入、家庭への貢献、婚姻期間などを一切考慮しない内容にすると、かえって問題を残すことがあります。
契約を作る際には、財産目録、預貯金残高、不動産の登記事項証明書、ローン残高、保険契約、事業資産などをできる限り資料化し、契約書に別紙として添付する方法が有効です。結婚時点の財産状況を明確にしておくことが、後の説明を容易にします。
まとめ
婚前契約書は、結婚生活を疑うための文書ではなく、夫婦が将来の生活設計や財産管理について、率直に話し合うための基盤です。再婚、国際結婚、夫婦間の財産差が大きいケースでは、特に早い段階から検討する価値があります。
公正証書で作成すると、合意内容や作成経緯を明確にしやすく、重要な財産に関する取決めの証拠としても役立ちます。ただし、公正証書であっても、法律に反する内容や、具体性を欠く内容まで有効になるわけではありません。婚前の財産確認、生活費の分担、住宅取得、離婚時の協議、相続・遺言までを整理し、夫婦の事情に合った内容にすることが大切です。


