はじめに
「認知症になった後、預貯金の管理や介護施設との契約は誰が行うのか」「子どもに負担をかけず、自分の希望に沿った支援を受けたい」といった不安に備える方法の一つが、任意後見契約です。
結論からいうと、任意後見契約は公証役場で公正証書により作成します。ただし、公正証書を作っただけで直ちに任意後見人が財産管理を始められるわけではありません。本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任して、初めて契約の効力が生じます。契約時の準備だけでなく、将来の発効手続や家族との情報共有まで見据えることが大切です。
任意後見契約とは
任意後見契約は、判断能力が十分にあるうちに、将来、自分の判断能力が不十分になった場合に備え、信頼できる人へ生活・療養看護・財産管理に関する代理権を与える契約です。本人は、任意後見人になってほしい人と、依頼する事務の範囲をあらかじめ決めます。
例えば、預貯金や年金の管理、公共料金の支払い、不動産の管理、介護サービスや施設入所に関する契約などを、必要に応じて委任内容に盛り込みます。誰に何を任せるかを本人が選べる点が、家庭裁判所が後見人等を選任する法定後見との大きな違いです。
任意後見契約は口約束や私文書では足りず、公証人が作成する公正証書によって締結しなければなりません。作成された契約は登記され、契約の存在や代理権の内容を公的に確認できる仕組みになっています。
公証役場での作成手続
まず、任意後見人を誰にするか、どのような事務を任せるかを整理します。受任者は家族に限られませんが、長期にわたり本人の生活や財産に関わるため、信頼関係、健康状態、居住地、他の親族との関係などを慎重に検討しましょう。
次に、公証役場へ事前に連絡し、契約内容や必要書類を相談します。一般的には、本人と任意後見受任者それぞれの本人確認資料、住民票、本人の戸籍謄本または戸籍抄本などを準備します。印鑑登録証明書を用いる場合は実印も必要です。受任者が法人の場合には、代表者の印鑑証明書や資格証明書も求められます。書類の種類や内容は個別事情で異なるため、予約前に公証役場へ確認するのが確実です。
公正証書作成の基本手数料は1契約につき13,000円です。このほか、登記嘱託手数料1,600円、登記に必要な収入印紙代2,600円、正本・謄本の作成費用や郵送費などがかかります。契約内容が長くなる場合には、証書の枚数に応じた費用も加算されます。
契約後すぐには始まらない
任意後見契約で特に重要なのは、「契約の締結」と「任意後見の開始」は別であるという点です。本人の判断能力が低下したとき、本人、任意後見受任者、配偶者または四親等内の親族などが、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てます。
家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると、その時点から任意後見契約の効力が生じ、任意後見人は契約で定められた範囲の事務を開始します。任意後見監督人は任意後見人の仕事を監督し、本人の利益が守られるようにする役割を担います。
申立てには、任意後見契約公正証書の写し、本人の戸籍謄本、診断書、財産資料、成年後見登記事項証明書などが必要になります。申立先や必要書類、郵便切手の額は裁判所ごとに確認が必要です。標準的な手続では、申立てから審判までおおむね1〜2か月程度とされていますが、鑑定が必要な場合などはさらに時間を要します。
家族が知っておきたい注意点
任意後見契約は、本人の意思を反映しやすい制度ですが、作成すれば万全というわけではありません。家族は次の点を理解しておく必要があります。
- 本人が契約内容を理解し、自ら意思表示できる段階で作成する必要があります。判断能力が既に不十分な場合は、任意後見契約ではなく法定後見の検討が必要になることがあります。
- 任意後見人に与えられるのは、原則として契約で定めた代理権です。医療行為への同意や、本人の身分に関する行為まで当然に代行できるものではありません。
- 預貯金の使途、財産の保管方法、親族への報告方法などを契約前に話し合い、後の不信感や親族間の対立を予防することが重要です。
- 不動産の売却、施設入所、毎月の支払いなど、将来想定される場面を具体的に洗い出して代理権の範囲を定めましょう。
- 判断能力が低下しても申立てがされなければ、任意後見は始まりません。受任者や家族が、発効のために家庭裁判所への申立てが必要であることを共有しておく必要があります。
例えば、一人暮らしの女性が、将来の財産管理と介護サービスの利用契約を姪に任せたいと考える場合、委任する事務を具体化し、姪が受任者として継続的に対応できるかを確認します。あわせて、判断能力の低下が見られた際には誰が家庭裁判所へ申立てを行うのか、他の親族へどのように説明するのかまで決めておくと、いざというときの混乱を減らせます。
まとめ
任意後見契約は、公証役場で公正証書により作成できる、認知症などに備えるための重要な手続です。本人が元気なうちに、信頼できる任意後見人と委任内容を選べる一方、契約後は家庭裁判所による任意後見監督人の選任があって初めて効力が生じます。
契約書の作成だけを目的にせず、将来の生活、財産、介護、家族関係を整理した上で、代理権の内容を具体的に設計することが重要です。遺言、財産管理等委任契約、見守り契約などと組み合わせることで、判断能力が低下する前から死亡後までを見通した備えを検討できる場合もあります。早めに制度の仕組みを理解し、ご本人とご家族に合った準備を進めましょう。


