はじめに
事実婚や同性パートナーの関係では、日常生活を共にしていても、法律婚の夫婦に当然に認められる権利がそのまま発生するとは限りません。特に、財産管理、医療・介護への備え、相続、葬儀や住まいの整理などは、将来の判断能力低下や死亡の場面で問題になりやすい分野です。
このような不安に対し、公正証書は、当事者間の合意や本人の意思を明確な形で残す有効な手段となります。ただし、公正証書を作成すれば法律婚と同じ権利がすべて得られるわけではありません。できることとできないことを整理し、遺言、任意後見契約、死後事務委任契約などを目的に応じて組み合わせることが大切です。
事実婚・同性パートナーが直面しやすい課題
法律上の婚姻届を提出していない事実婚の夫婦や同性パートナーは、原則として民法上の「配偶者」には当たりません。そのため、一方が亡くなった場合でも、他方は当然には法定相続人になりません。共有してきた自宅や預貯金があっても、名義や遺言の内容によっては、残されたパートナーが住み続けられない、生活資金を確保できないといった事態が起こり得ます。
また、自治体のパートナーシップ宣誓・登録制度を利用している場合でも、その制度自体が相続権や親族関係を発生させるものではありません。住居、病院での対応、公営施設の利用などで一定の配慮につながる場合はありますが、婚姻と同等の法的効果を与える制度ではない点に注意が必要です。
公正証書でできること
生活費・財産管理のルールを決める
公正証書による合意書や契約書では、共同生活に関する負担や財産の帰属を具体的に定められます。例えば、生活費や住宅ローン、家賃、光熱費を誰がどの割合で負担するか、共同で購入した家具・自動車・家電を関係解消時にどのように分けるか、預金口座へ入金したお金をどのように扱うかなどです。
不動産を共同で購入する場合は、実際の出資割合と登記上の持分を一致させることが基本です。一方だけの名義にして他方が資金を負担する場合には、贈与、貸付け、持分取得などの関係を検討する必要があります。後の紛争や税務上の問題を避けるためにも、資金の流れと合意内容を事前に整理しておくことが重要です。
判断能力低下に備える
認知症や病気などにより判断能力が低下した後の生活、療養看護、財産管理については、任意後見契約を利用できます。任意後見契約では、信頼するパートナーを任意後見人の候補者として選び、銀行手続、介護サービス契約、施設入所契約、不動産管理など、将来任せたい事務を定めます。
任意後見契約は必ず公正証書で締結しなければならず、本人の判断能力が不十分になった後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点から効力が生じます。元気なうちの財産管理まで任せたい場合には、任意後見契約だけでなく、財産管理等委任契約や見守りに関する合意を併せて検討するとよいでしょう。
財産をパートナーへ遺す
相続の備えとして特に重要なのが遺言です。法定相続人ではないパートナーに財産を遺すには、「遺贈する」と定めた遺言が必要です。自宅をパートナーに遺贈する、預貯金の一部を生活資金として遺贈する、遺言執行者を指定して手続を進めてもらう、といった内容を設計できます。
公正証書遺言は、公証人が遺言者の意思を確認して作成し、原本は公証役場で保管されます。証人二人以上の立会いが必要ですが、紛失や改ざんのリスクを抑え、死亡後の手続を円滑に進めやすい方法です。子どもや親などの相続人がいる場合には、遺留分への配慮も含め、財産全体を見渡した内容にする必要があります。
葬儀・住まい・各種届出を任せる
死後事務委任契約では、死亡後に必要となる実務をパートナーへ委任できます。具体的には、親族や関係先への連絡、葬儀・火葬・納骨・供養、医療費や施設費の精算、賃貸住宅の解約、家財や生活用品の処分、行政機関への届出などです。
死後事務委任契約は任意後見契約とは異なり、法律上必ず公正証書で作らなければならないものではありません。しかし、死亡後には本人の意思確認ができないため、誰に何を任せるかを明確にし、原本も保管される公正証書で作成する意義は大きいといえます。
公正証書でもできないこと
公正証書は強力な予防手段ですが、法律そのものを変更する書面ではありません。公正証書を作成しても、同性パートナー又は事実婚の相手方が法律上の配偶者になるわけではなく、当然に相続人となるわけでもありません。
また、相手方の親族との関係を法律上の親族関係に変えること、親権を発生させること、婚姻による氏の変更を行うこともできません。パートナーシップ制度の証明書と公正証書を併用しても、法律婚そのものの効果を得ることはできません。
さらに、遺言でパートナーへ財産を遺す場合でも、相続人に遺留分があるときは、その侵害をめぐる請求が生じる可能性があります。医療行為への同意についても、一般的・包括的に他人が本人に代わって決定できる制度ではありません。緊急時に備え、本人の意思、連絡先、希望する医療や介護の内容を日頃から医療機関や周囲と共有しておくことも必要です。
組み合わせて備える考え方
例えば、長年同居している二人が、自宅を一方の単独名義で所有し、子どもがいるケースを考えてみます。この場合、生活費に関する合意だけでは、所有者が亡くなった後にパートナーが自宅を取得したり、住み続けたりできるとは限りません。
そこで、元気なうちは生活費・財産管理に関する契約を整え、判断能力低下に備えて任意後見契約を検討します。さらに、死亡後の住居や財産承継については公正証書遺言を作成し、葬儀、賃貸借契約の解約、家財処分などには死後事務委任契約を組み合わせます。このように、各書面の役割を分けることで、生前から死後までの備えをつなげられます。
まとめ
事実婚・同性パートナーの方にとって、公正証書は、共同生活のルール、財産管理、判断能力低下、相続、葬儀・死後事務への備えを具体化する重要な方法です。一方で、公正証書だけで法律婚と同じ配偶者の地位や法定相続権を得られるわけではありません。
大切なのは、何を守りたいのかを明確にすることです。住まいを守りたいのか、生活費を確保したいのか、判断能力低下後の支援を任せたいのか、死亡後の財産承継や葬儀を託したいのかによって、必要な書面は異なります。公正証書遺言、任意後見契約、死後事務委任契約などを適切に組み合わせ、二人の生活実態と家族関係に合った備えを進めましょう。


