はじめに
協議離婚では、養育費、慰謝料、財産分与、親子交流(面会交流)などを夫婦間の話合いで決めることができます。しかし、口約束だけでは後日「そのような約束はしていない」「金額や支払期限の認識が違う」といったトラブルになりかねません。
そこで重要になるのが離婚協議書です。さらに、養育費や慰謝料を分割で受け取る予定がある場合には、離婚協議書を公正証書として作成する方法を検討する価値があります。公正証書に適切な条項を入れておけば、相手方が支払を滞らせたとき、改めて訴訟や調停を経ずに強制執行を申し立てられる可能性があるためです。
離婚協議書と公正証書の違い
離婚協議書は、離婚に関する夫婦の合意内容を書面にしたものです。当事者双方が署名し、実印で押印するなどして作成すれば、合意の存在や内容を示す有力な資料になります。
もっとも、通常の離婚協議書だけでは、相手方が養育費や慰謝料を支払わなくなった際に、直ちに給与や預貯金を差し押さえることはできません。原則として、調停や訴訟などを経て、強制執行の根拠となる書面を得る必要があります。
一方、公正証書は、公証人が当事者の合意内容を確認して作成する公文書です。金銭の支払義務について「支払を怠ったときは直ちに強制執行に服する」という趣旨の強制執行認諾文言を入れれば、養育費の不払い時に家庭裁判所での調停・審判を経ず、強制執行の手続へ進むことができます。単に公正証書にするだけでは足りず、この文言を設けることが大切です。
公正証書にした方がよいケース
特に、次のような場合は、離婚協議書を公正証書にするメリットが大きいといえます。
- 養育費を毎月、長期間にわたり受け取る予定である場合
- 慰謝料や財産分与を分割払いにする場合
- 相手方に過去の支払遅れや金銭管理への不安がある場合
- 相手方の勤務先や収入が比較的明確であり、万一のときは給与差押えを検討できる場合
- 離婚後に連絡を取り続ける負担や紛争の再燃をできるだけ避けたい場合
例えば、養育費を「子が18歳に達した後の最初の3月まで、毎月末日限り5万円を指定口座へ振り込む」と定めるだけでなく、振込手数料の負担者、進学時の費用負担、住所・勤務先の変更時の通知なども整理しておくと、将来の行き違いを減らしやすくなります。
なお、養育費については、2026年4月以降の制度として、取決めがないまま離婚した場合でも、一定の要件の下で子ども1人当たり月額2万円の法定養育費を請求できる仕組みがあります。ただし、これは適正な養育費を定めるまでの暫定的な制度です。子どもの生活費、教育費、双方の収入や監護状況に応じた具体的な金額を明確にするためにも、個別の取決めを文書化しておくことが重要です。
養育費・慰謝料で定めるべき事項
公正証書では、曖昧な表現を避け、誰が読んでも支払内容を特定できるように定めます。養育費については、少なくとも次の項目を確認しましょう。
- 支払義務者と受領者
- 子どもの氏名、生年月日
- 月額、支払開始月、支払日、支払終了時期
- 振込先口座、振込手数料の負担
- 進学費用、医療費など臨時費用の負担方法
- 再婚、収入変動、子どもの進学など事情変更時の協議方法
- 支払遅延時の取扱いと強制執行認諾文言
慰謝料や財産分与を分割払いにする場合も、総額だけでは不十分です。「第1回から第何回まで」「各回の金額」「各支払期日」「振込先」「期限の利益喪失を定めるか」といった点を具体化する必要があります。
ただし、強制執行認諾付き公正証書があっても、実際に回収するためには相手方の給与、預金、不動産など、差押えの対象となる財産を把握することが重要です。養育費については、要件を満たせば未払分だけでなく将来分についても、継続的に支払われる給与等を差し押さえる制度があります。
公正証書作成時の注意点
公正証書は、夫婦双方の合意があることを前提に作成されます。一方が内容に納得していない、相手方が話合いに応じない、養育費や慰謝料の額に大きな対立があるといった場合は、公正証書の作成を急ぐよりも、離婚調停などの手続を検討することが適切です。
また、「今後一切請求しない」といった清算条項を安易に入れることにも注意が必要です。財産分与、年金分割、未払婚姻費用、子どもの進学費用など、何が解決済みで何を今後協議する余地として残すのかを整理しなければ、後の請求に影響するおそれがあります。
強制執行では、公正証書正本、執行文、送達証明書などが必要になることがあります。養育費の差押えは原則として義務者の住所地を管轄する地方裁判所に申し立て、給与や預貯金などを対象に回収を図ります。養育費と慰謝料を一緒に請求する場合には、手続や必要書類の確認を慎重に行うことが大切です。
まとめ
離婚協議書は、離婚条件を明確にし、将来のトラブルを防ぐための重要な書面です。特に養育費、慰謝料、財産分与を継続的または分割で受け取る場合には、強制執行認諾文言を付けた公正証書にすることで、不払い時の対応を進めやすくなります。
もっとも、公正証書は「作れば必ず回収できる」ものではありません。支払条件を具体的に定めること、相手方の資力を踏まえて現実的な内容にすること、必要な書類を適切に管理することが重要です。離婚届を提出する前に、夫婦で合意した内容を丁寧に整理し、将来にわたって実行できる離婚協議書・公正証書を作成しましょう。


