はじめに
大切な約束を契約書に残す際、「公証役場で公正証書にした方がよいのか」「そもそも、この契約は公正証書にできるのか」と迷う方は少なくありません。
公正証書は、公証人が当事者の嘱託に基づいて作成する公文書です。契約内容を明確にし、後日の「言った・言わない」の争いを防ぐうえで有用です。特に、金銭の支払義務について強制執行認諾文言を付けることができれば、相手が支払を怠った場合に、原則として改めて判決を得ることなく強制執行の手続に進める可能性があります。
ただし、公証役場は、どのような書面でも自由に「公正証書化」する場所ではありません。本記事では、公証役場で作れる契約書・作れない契約書、公正証書にするべき契約の判断基準を分かりやすく解説します。
公証役場で作れる契約書
公正証書にできる代表的なものは、個人や会社などの間で成立する私法上の契約です。法令や公序良俗に反しないこと、当事者に十分な判断能力・行為能力があることなどを前提として、幅広い契約を公正証書にできます。
たとえば、次のような契約が代表例です。
- 金銭消費貸借契約書
親族・知人間の貸付け、事業資金の貸付けなどについて、貸付額、返済期限、分割返済、利息、遅延損害金を定めます。 - 離婚に関する合意書
養育費、財産分与、慰謝料、年金分割に関する合意などを整理します。養育費等の金銭支払部分には、強制執行認諾文言を設けることが検討されます。 - 不動産に関する契約
不動産売買、賃貸借、使用貸借、共有物に関する合意などです。ただし、所有権移転登記などは、公正証書を作成しただけで完了するものではありません。 - 任意後見契約
将来、判断能力が不十分になった場合に備え、誰にどのような財産管理や身上配慮を任せるかを定める契約です。任意後見契約は、公正証書によらなければ成立しません。 - 死因贈与契約・信託契約・事業承継に関する合意
相続対策や家族間の財産承継に関する約束も、公正証書で内容を明確にする場面があります。 - 示談書・債務弁済契約書
既存の未払金や損害賠償金について、支払義務、分割方法、期限の利益喪失、清算条項などを定める場合です。
公正証書にする際は、当事者の氏名・住所、契約の目的、金額、支払期限、条件、違反時の取扱いなどを具体的に定めることが重要です。
公証役場で作れない契約書
「契約書」という名称であっても、内容に問題がある場合や、公証人が確認できる形になっていない場合は、公正証書を作成できません。
まず、法律に反する内容や、公序良俗に反する内容は対象になりません。例えば、違法行為を目的とする約束、著しく不当な内容、当事者の自由な意思に基づかない契約などです。公正証書にしたからといって、無効な契約が有効になるわけではありません。
また、契約内容が不明確な場合も問題になります。「必要になったら生活費を支払う」「相続が発生したら適切に分ける」といった抽象的な表現では、義務の範囲や履行時期を特定できません。公証人が文書を作成するためには、当事者間の合意内容が具体的に固まっている必要があります。
さらに、本人確認や意思確認ができない場合、必要な代理権を確認できない場合、法人の代表権や社内決議の確認ができない場合も、そのままでは手続を進められません。本人の判断能力に不安があるケースでは、契約の有効性自体が問題となるため、特に慎重な検討が必要です。
なお、登記申請、許認可申請、行政機関への届出などは、公正証書そのものによって代替できるものではありません。契約を公正証書にした後、別途必要な手続が生じることがあります。
公正証書にすべき契約の判断基準
公正証書を検討すべきかどうかは、「将来争いになる可能性」と「約束が守られなかった場合の影響」を軸に考えると分かりやすくなります。
特に公正証書に向いているのは、金額が大きい契約、支払期間が長い契約、親族・知人間で曖昧になりやすい契約、支払が滞った場合の回収を重視する契約です。
例えば、姉が弟に300万円を貸し、毎月5万円ずつ返済する約束をするケースを考えます。借用書だけでも契約は成立し得ますが、返済回数が多く、後に残額や支払条件を巡る争いが起こる可能性があります。返済額、返済日、振込先、期限の利益喪失、遅延損害金などを明確にし、金銭債務について強制執行認諾文言を付した公正証書にすることが有力な選択肢となります。
ただし、強制執行認諾文言があれば、あらゆる契約違反について直ちに強制執行できるわけではありません。公正証書を債務名義として活用できるのは、一定額の金銭の支払や代替物・有価証券の一定数量の給付を目的とする請求権など、法律上の要件を満たす範囲です。また、強制執行には、公正証書正本、送達、執行文付与など、別途必要となる手続があります。
公正証書作成前の準備
公証役場での手続きを円滑に進めるためには、事前準備が重要です。一般には、契約内容をまとめた案文、本人確認書類、印鑑登録証明書、実印、法人関係書類、不動産関係資料、代理人が手続をする場合の委任状などが必要となります。
必要書類は契約の種類や当事者の状況により異なります。たとえば、不動産が関わる契約では登記事項証明書や固定資産評価証明書等が必要になることがあり、法人が当事者となる場合には資格証明書や代表者に関する資料の確認が求められます。
また、公証人は当事者の合意内容を確認して証書を作成します。そのため、「何を約束するのか」「いつまでに、誰が、誰へ、いくら支払うのか」「支払が遅れた場合はどうするのか」を事前に整理しておくことが大切です。
まとめ
公証役場では、金銭貸借、離婚に伴う養育費・財産分与、不動産取引、任意後見、死因贈与、示談など、適法で内容が明確な多くの契約を公正証書として作成できます。
一方で、違法・不当な内容、当事者の意思や権限を確認できない契約、内容が抽象的で義務を特定できない契約は、公正証書にできません。公正証書にするべきかは、契約金額、履行期間、当事者間の関係、将来の紛争リスク、支払不履行時の回収の必要性を踏まえて判断することが重要です。
とりわけ金銭の支払を伴う契約では、強制執行認諾文言を含む公正証書を検討することで、万一の不払いに備えられる場合があります。ただし、公正証書は内容次第で効果が大きく異なるため、契約の目的と実情に合った条項を整えてから手続を進めることが大切です。


